【第3話】写真の力

皆さんは、写真を撮りに行く時どういう気持ちでおでかけですか?

「こういう写真を狙って」「こういう写真を撮りたいと思って」「○○で〇時頃から粘って撮った」
良くお聞きするお話が私には大変羨ましい。私にはまだ、そんな事前の目標を持って写真を撮りに行った経験がなかった。どうしたらそういう素敵な計画が出来るようになるの?

今迄に撮り溜めた写真を一枚一枚確認してみた。どの写真もすぐに何故この写真を撮ったのか、私にはありありと解った。例えば下記の写真は、人間への恐怖心と、それでも抑えがたい興味津々の子狐の気持ちを大切にしたかった。きらきらした眼の光は逃さずに捉え。でもその子狐にガツンとピントを合わせるのは隠れているその身を暴くようで、あえてボカシた。葉っぱに隠れてこっそり覗く子狐の気持ちを尊重した表現にこだわった。

写真を見ると、その時の驚き・嬉しさ・悲しさ・喜び。気温や風や音、匂いまで、その時その場所にヒュゥーッと戻ってしまったように鮮やかに蘇る。だから私は自分の写真を人に見せるのが、いつもとても恥ずかしい。それはまるで日記を見せるよう。私がどこを見てどう感じたのか、赤裸々な感じ。本当は見ている人にはそれほど伝わっていないと知ってはいるけれど(笑)

そんな私が、素敵な仲間に支えられてこの秋「どこまでも、美瑛」と題してグループ展に初めてチャレンジした。
多くの写真家が魅了されて移住してしまうほど、美瑛はフォトジェニックにあふれた場所だ。日産スカイラインのケンとメリー・セブンスターの木・マイルドセブンの丘・嵐の木・パッチワークの丘など多くのCMやカレンダー・写真集でご存知の通り、広大な風景で有名なところ。

けれども私は風景を撮るのが一番苦手だ。 先ずどこを撮ったらいいのか良く判らない。運良く綺麗な風景を見つけて切り取ることが出来ても、次が続かない。同じ場所で違うパターンをなかなか見つけられない。苦労して見つけて撮っても、その写真には自分らしさが込められている気があまりしない。
その苦手な風景を一日中、且つ何日も続けて撮るのも初めて。更には同じ場所に何年も何度も通って撮るのも初めて。初めて尽くしの経験となった。
観光バスなら数時間。レンタサイクルなら一日程度で終えるほどの小さな美瑛で、毎日毎日夜明け前から日没後まで撮影に没頭する。それでも風景は苦手。旅から帰って写真を見直す毎に、しょぼん。あんなに頑張って撮ったのになぁ。

ますます苦手感をつのらせていた私が、ようやく「こういうイメージの写真が撮りたい!」と思えたのは、美瑛に通い始めて4年目。述べ撮影日数15日になろうとする頃。遅っつ(笑)。

きっかけは凍結した道で滑って三脚やカメラを抱えたまま強かに転倒し、痛くて動けなくなったから。ダイアモンド富士ならぬ日暈on the trees。幸運この上ないシチュエーションだったが、もはや日没まであと僅か。みんなはもっと他の被写体を求めてあっという間に散り散りになっていった。ついていけない私はぽつん。やがて三脚を杖代わりに立っていることもできなくなり、氷点下の雪原に座り込んだ。

ため息をつきながら美しい風景を眺める。眺めるだけでは氷点下20度は耐え難いので、手慰みでカメラをいじってはファインダーを覗く。シャッターをきる。そこには肉眼とは別世界の景色が広がっていた。打撲で太ももは直径何十センチも紫色になったが、その痛みと引き換えに、私は何が撮れるか判らないままシャッターをきる面白さ、予めイメージを膨らませデザインする面白さを知った。

心が動かされた時に撮る写真から、出来上がりを見て心が動かされる写真へ。そんな方向性もあると気付き楽しくなると、写真の撮り方もどんどん広がっていった。撮ってみたい被写体もイメージも次々浮かんできた。その写真を撮るために必要な技術や日時、場所、交通手段を調べて、半年後にまた美瑛を訪れるほどに。

写真を撮る段階で初めて尽くしの美瑛展。会場選び・展示の方法・会場全体のコーディネート、その他諸々も初めて尽くしの経験だった。知らないことばかりで苦労も多く、時間も多く取られたが、準備するのはとても楽しく、開催が待ち遠しかった。しかし相変わらず、自分の写真に関しては「恥ずかしいなぁ」「日記みたいな私の写真を他の人が見てもあまり面白くも何ともないよね」「貴重な休みを使って見に来てもらうのは申し訳ないなぁ」などと思っていた。そんな考えが一転したのはグループ展が始まってすぐのことだ。

何人もの方が私達の写真を見て立ち止まり、ただ静かに涙を流す。

私は写真展で泣いたことはなかった。泣いている人を見たこともなかった。だから最初はどうしていいかわからずオロオロ。そっとその方の傍に寄り添って一緒にその写真を見つめるしかすべがなかった。そのうち、ドイツ・オーストリア・スイス・日本・・・と国籍も年代も性別も様々な方々が、実に様々な思いを語って下さった。なぜその写真に心惹かれたのか。思わず涙が溢れてしまったのか。幼い頃の思い出、兄弟姉妹との日々、お母さんに叱られたこと。もう二度と戻りたくても戻れない故郷。会えない人々。写真を通して思いを馳せ涙する人々のその横顔はみな美しかった。

写真は写っているものだけが全てではない。写真はありのままに受け止めるだけではない。その樹形・この花・あの山並み・雪景色・・・。ほんの僅かな共通点を元に、人々は様々なことに思いを馳せて、写真を通して、その写真とは違う無限の光景を見ていることもあるのだ。そういう見方もあるのだ。そして本人さえ忘れていたような記憶を思い出させる力が写真にはあるのだ。

更には何人もの方から、ずっと見ていたいから私の写真を使ったカレンダーが欲しいと言って頂いた。お世辞でもありがたいと感謝していたら、本当にたくさんの注文が来た。限られた写真点数にも拘らず、人によって選んだ写真も、何月にその写真を適用するのかも全く異なるのが面白い。写真は見る人の数だけ違うものに変化するのだ。写真が売れたら、私はもはやフォトグラファーのたまごちゃん?(笑)。

今回の一連の美瑛の旅では、写真の新たな撮り方、見方、魅力、価値観など実にたくさんことを学ばせて頂いた。

あなたの記憶に残る写真はありますか? 記憶を呼び覚ます写真に出会ったことはありますか?


写真・文:山田祥子

山田祥子(Yamada Yoshiko)プロフィール
構図講座をきっかけに、2014年からアルトフォーカスに参加。
幼いころからブローニー・二眼レフカメラ・ポラロイド・110フィルムなど様々なカメラに囲まれて育つ。新たに齢90を超える伯母愛用のカメラをまもなく譲り受ける予定(笑)。
国内外を暮らすように旅することが大好き。初渡航は数ヶ月かけてのアメリカ大陸横断旅行。以降、訪問国は数十ヶ国に上る。特にアフリカは20年以上前から度々訪れ、近年は年1回は欠かさず通っている状態。
実は趣味のゴスペルで、有名人の全国ツアー共演なども・・・。

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