第1話

私がカメラと出会ったのは2歳の頃。
新しく買ってきたカメラに興味津々で覗き込む私に、触られたくなかった家族が壊されては堪らないと代わりに古いカメラを与えてくれたのがきっかけだった。

小さなファインダーから覗くと、それまで見えていた世界が全く変わる不思議に私はすぐに夢中になった。
更にはシャッターを押すと、その切り取られたお気に入りの風景がいつでも何度でも見ることが出来る写真として閉じ込められる魔法の小箱。

てんとう虫やチューリップ。ありんこの行列。庭に遊びに来る大陸からの色鮮やかな渡り鳥。
被写体を求めて庭の石灯篭の足元にももぐり込んだ。
ただの緑の塊と思っていた苔もよく観察すると小さな小さな花を咲かせていたりする。たまに謎のキノコが生えていたりもする。

築山の裏側の少し低くなった斜面とブロック塀の隙間は庭木が生い茂り、大人が入れるスペースは無かったが、小さな私には樹海のように広がった世界への冒険の始まりだった。

すぐに姿が見えなくなるので、ピッピと鳴る赤い靴を履かされたのもこの頃だ。
ピッピ音が聞こえなくなると家族が探しに来て母屋に引き戻され、おやつをもらってはまた庭に出かけるのが私の日課になった。

やがて私は従兄から三輪車を譲り受けた。
これで遠くまで写真撮影に行ける!
私は喜び勇んだが、すぐに人生最大の難関にぶち当たってしまった。
その頃の私はまだどこに行くにも哺乳瓶が手放せない乳幼児だったのである。

三輪車のハンドルを握るには哺乳瓶を手放さなければならない。
哺乳瓶が無いと淋しくて遠くに行けない・・・。

悩みに悩んだ私は文字通り知恵熱を出すほど考えて、オレンジ色の小児用バファリンを飲む羽目になったのはご愛敬。
その結果、妙案を思いついた私は祖母に言った。
「カメラと同じに首から下げられるよう、ちゅっちゅ(哺乳瓶)用のケースを作って!」

この発言は家族のツボにはまったらしい。
「聞いて!聞いて!」と瞬く間に家族中に広まり、散々笑われる羽目となった。
2歳児がそうまでして写真撮影に行きたがるのも面白く、そうまでしても哺乳瓶は手放せないのは更に可笑しかったようだ。

その後、活動量が増えた私が赤ちゃん用の哺乳瓶では物足りなくなり、飲み口の穴を爪楊枝で大きくしてぐびぐび飲めるように工夫したことと合わせて、この出来事はことあるごとに繰り返し話題となり、そのたびにニヤニヤと笑われ揶揄われた。
が、こうして私の写真撮影旅行はスタートした。

シャッターを押していいのは1日3回まで。
1ヶ月にフィルム2本弱のペースがお約束となった。
お気に入りの被写体をたくさん見つけてシャッターを押しすぎてフィルムが終わってしまっても、約束だからとフィルムを交換してはもらえない。
フィルムが終わると写真は撮れない。
私は慎重にファインダーを覗き、本当に心が動かされるお気に入りの被写体を見つけた時にだけシャッターを押すことを覚えた。
この習性は今も続いているようだ。
私の写真撮影は、カメラを構えずに周りをじっくり見る時間とファインダーを覗く時間が圧倒的に多く、1日の撮影枚数は結構少ない。

そうしてフィルムを1本撮り終えると、家族のもとにカメラを持って行く。
フィルムが終わっていることを確認してもらい、レバーを立ててくるくる回して巻き戻す。フィルムが巻き戻ると急に軽くなる瞬間も面白かった。

フィルム交換の際には「特別なフィルムを選んであげる」と言われ、ワクワクしながら見守った。
たくさん入った缶の中からあれでもないこれでもないとフィルムの箱を手に取っては戻していたから、特別どころか消費期限が大幅に過ぎてしまったフィルムを選んでいたにすぎないと今は思う(笑)

撮影が終わったフィルムを5軒先にあった写真屋さんに三輪車に乗って頼みに行くのも楽しみの一つだった。
当時は現像されてくるまで数日かかった。
使ったフィルムのメーカーが違うと同じ被写体でも全然違う色味に仕上がることも覚えた。
どんな写真が出来上がってくるのか、待ち遠しくて待ち遠しくて。
明日仕上がりという夜にはなかなか眠れないほどワクワクした。
引換券を持って写真屋さんに向かう時にはもうドキドキだ。
受け取った袋を大事に持ち帰り、中身を一枚一枚確認する時にはもう最高潮。

デジタルカメラになって便利になったが、このワクワク・ドキドキ感を味わう機会は失われた。
カメラの楽しい醍醐味の一つが奪われたようでちょっと哀しい・・・。

こうして私は撮影することを通じて、様々なことを学んだ。
物事を上下左右裏表から、或いは近づいたり離れたり。よく観察すれば、いろいろな発見が出来ること。
ルールを守って時には我慢も必要。しっかり考えて計画的に行動しないと悲しい思いをすること。
仕上がりの時間に取りに行く為に、時計の見方も覚えた。
出来上がった写真を受け取る為にはお金を払わなければならないことも覚えた。

写真撮影旅行の為に一眼レフとペットボトルを準備していると今も必ず笑われる。
家族にはカメラと哺乳瓶をぶら下げた当時の姿が重なるようだ。
三輪車でのよちよち旅行から日本人が未だ足を踏み入れたことの無い地へと、撮影旅行のスケールは格段に成長したと思うのだが。

でも撮った写真を見ていると、興味を持つ被写体や構図などの好みは当時のまま変わっていないのかもしれない。
三つ子の魂百まで??

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

2万キロ以上を車で走り、カラハリ砂漠を横断した約1ヶ月間の写真撮影旅行から帰国した夜に。
カラハリ砂漠の撮影旅行についての詳細は、また次回・・・。

写真・文:山田祥子

山田祥子(Yamada Yoshiko)プロフィール
構図講座をきっかけに、2014年からアルトフォーカスに参加。
幼いころからブローニー・二眼レフカメラ・ポラロイド・110フィルムなど様々なカメラに囲まれて育つ。新たに齢90を超える伯母愛用のカメラをまもなく譲り受ける予定(笑)。
国内外を暮らすように旅することが大好き。初渡航は数ヶ月かけてのアメリカ大陸横断旅行。以降、訪問国は数十ヶ国に上る。特にアフリカは20年以上前から度々訪れ、近年は年1回は欠かさず通っている状態。
実は趣味のゴスペルで、有名人の全国ツアー共演なども・・・。